遺伝子資源の宝庫
現在はアマゾンには非常に多くの民族(最も古くからいた先住民、マルーン族と呼ばれるアフリカから渡ってきた人々、ヨーロッパから来た人々、アジアから来た人々)が暮らします。中でも先住民はその土地に自生する植物についての知識が豊富で、今でも生活の色々な場面でそれらを活用します。
先住民は遥か昔から現在に至るまで「神からの恵みの木」を意味する言葉「タヒボ」と呼ばれるノウゼンカズラ科タベブイア属の樹木の内部樹皮を煎じたタヒボ茶を健康の源して大切に愛飲してきました。
現在、この地域におけるこの樹木の呼び名は数々あり、それぞれの場所で健康茶の原料として販売されており、主にタヒボ、イペー、パウダルゴ(ポーダルゴ)、ウーバといった名称を目にします。特にこの地域の中心都市マナウスやベレンには、地元で採れた様々なハーブ類を販売する屋台や専門店が多くあり、それらを多く見られます。
また、遥か西に位置するペルーの東側地域でもタヒボと同じノウゼンカズラ科タベブイア属の樹木で「タワリ」と呼ばれ、樹皮を煎じ、現在も飲用されるものもあります。利用目的はタヒボがブラジルで使われるのと同じです。アマゾンは遺伝子資源の宝庫で、新薬の開発のために世界中の科学者に注目されております。
マナウス「Manaus」
ベレン「Belem」
タヒボが自生するアマゾン川流域
タヒボ茶のふるさと南米大陸を流れるアマゾン川はナイル川とともに世界最大の大河で長さは6,400kmになり、支流と合わせると世界中の淡水の20%を占めると言われます。
水源はアンデス山脈のコロンビアからエクアドル、ペルーにおよぶ地域で、中には5,000m級の山もあります。山々は雪をいただき、そこから何百という小さな川が山を東へと下り、森の中でそれらが合流し、川は次第に大きさを増してゆきます。
国境を越えブラジルの国内に入ってからは川幅は1〜10kmになります。
毎年3月から8月は雨期で、大雨の後には場所によっては乾期のそれと比べ15mも水かさを増し、森の中は数百kmに渡り樹木が浸水し、長期間浸水林となります。浸水林には「Big Water People」と呼ばれる人々が水上で生活をします。
ブラジル中部に入るともう一つの大河”ネグロ川”が合流し、このあたりでの川幅は20kmにもなり川を渡るための橋はありません。
このネグロ川の北側に人口2百万人の活気ある都市「マナウス」があり、大きな港には大型船が毎日行き来します。このマナウスは木材、ゴム、食品等が世界中に輸出される港町であり、地元原産ハーブ類の一大集積地でもあります。市場ではタヒボ茶や、他のタベブイア属樹木から作られた健康食品も見られます。海から1,500kmも内陸にあるにもかかわらず、川が巨大で海洋を航行する大型船にも港が開かれ、「OceanRiver」と呼ばれます。
8月から11月までの間、毎日の雨も短時間で降る量も少なく森の中を散策することが可能で、毎年この時期には多くの人々が休暇を楽しみにこの場所を訪れます。
さらに東へ川を下ると、小さな河川が合流し川は巨大化し、大西洋に達する場所「ベレン」あたりの川幅は約240kmにもなります。
アンデス山脈から大西洋の河口までの間には、北側に位置するギアナ高地、南側のブラジル高地から約1,100の支流が一つの川に合流しており、それらのうちいくつかの支流はミシシッピ川よりも大きいとされます。
先住民はどこから来たのか
今から約二万年前の氷河期には、世界的に海水面が低下し、アマゾン川流域に深い谷が刻まれており、ちょうどその頃、海水面が下がって陸化したベーリング海峡を渡って、ユーラシア大陸から、人類が初めて無人のアメリカ大陸へ足を踏み入れたと考えられます。人類が南北アメリカ大陸に住み始めたのが35000年前から14000年前の間のどの時期なのかは、はっきりとわかってはいませんが、12000年前の人骨が数多く見つかりおり、中でもアラスカの遺跡で見つかった人骨がもっとも古いと考えられます。
そして約12000年前頃には、カナダ全体を覆う氷床が一部溶け始め幅100キロ程で南に伸びる無氷の回廊を通って、カナディアンロッキーの東麓エドモントン(カナダ・アルバータ州)あたりに達します。同時代の人骨がアメリカ、メキシコ国境近くでも数多く発見されおり、人類が巨大な氷床の南側に出たこの時期と、それまでアメリカ大陸にいた数多くの大型動物が絶滅した時期に一致します。
北アメリカ大陸にやってきた人類は、しばらくの間、その場所で生活をした後、人口が増加したという理由もあり、居住地域を南米大陸の方へも広げます。約11500年前頃、居住地を出発した人類は、南アメリカ大陸の最南端のパタゴニアに達するのに、わずか1000年ほどにわたる世代しか要しなかったと考えられます。ところが、この1000年の間に経過したアラスカから南アメリカ大陸の最南端に至る間の環境変化は、きわめて大きいものでした。人類は新しい環境に適応するのには時間を要しますが、同じ環境のなかでは、比較的はやく適応出来ると考えられます。移動のスピードは年平均13kmで、狩猟民族の一日の行動範囲からすると、このスピードは十分可能な速さであったと考えられます。
先住民の生活
アマゾン低地の98%は、増水期にも浸水しないテラフィルメ(terra firme)と呼ばれる台地です。テラフィルメの大きな特色は土壌が肥沃でなく、農業を行い食物を生産するには向きません。一般的に植物も動物もタンパク質の含有量が少なく、人々は昔から森林を伐採し火を入れて焼き、そこでデンプンを含む作物、キャッサバ(乾燥させるとか、あるいは、すりおろして乾燥した粉にする)や豆科の作物のフェジョン、果物のパパイヤ、カカオ、マンゴー、野菜のオクラ、カボチャ、トウガラシなどを栽培します。タヒボ茶の原料となるタベブイア属の樹木は非常に硬く、斧による伐採が行われず、そのまま焼かれてしまうことも多かったのですが、近年、チェーンソーが利用されるようになってからは、それら価値の高い樹木を伐採してから火が入れられます。
熱帯雨林で落雷など、何らかの原因で森林の一部が燃えると、植物の内部に固定化された栄養素は窒素を除く大半が灰として放出されますが、成長の早いパイオニア植物に速やかに吸収されてしまいます。先住民はこの肥料となる灰や炭を数千年に渡って利用してきた。
3〜4年間、そこで人々は農業を行い、地力が衰えてくると、果樹を利用する以外は場所を移動し、森を伐採し、火を入れ、畑を作るというサイクル繰り返します。果樹の木には、食用として以外に、テラフィルメにおける土壌の浸食を防ぐ役割もあります。数十年から百年以上が経過し、以前に火を入れた場所が回復すると、また同じ場所を伐採し、火を入れ、後に休閑を繰り返す形で、持続的な農業を数千年に渡って行っています。
先住民は食生活において、農産物以外にサル、バク、アルマジロといった動物や鳥、へび類、魚など、多様な動物を食べタンパク質を摂取します。これらの動物は焼き畑の跡地に植物の種子をを求めてやって来ることもあり、焼き畑は「動物を捕獲する」という二次的な役割も担うことになります。ある種の動物を短期間のうちに続けて捕獲すると、後は別の動物を捕獲するようになります。このため一定の種にダメージを与えることなく様々な動物種を持続的にとり続ける知恵でもあります。
写真:ヤノマミ族の住居 WIKIMEDIA COMMONS
タヒボの不思議
通常、植物は肥沃な土地で育ち、豊富な栄養素を内部に作り出します。豊富な栄養素を含むタヒボが自生する土壌も肥沃なのでしょうか?
アマゾンと聞くと、広大な熱帯雨林で樹木が落とした葉から出来た腐葉土により、土壌は肥沃だと想像される方が多くいますが、非常に多い降雨量のために地面につもった肥沃な土は流されてしまうため、土壌には栄養素が少なく非常に貧しい土地です。
タヒボの栄養素・含有物、その働きに関する研究は日々進んでいますが、タヒボが、なぜその様なやせた土地に育ち、素晴らしい物質を作り出すのかはいまだに解明されておらず、未だに神秘です。
タヒボの知識を持つシャーマン
先住民は食物としての植物だけでなく、健康維持や健康増進のために役立つタヒボに関しての知識を持っており、それらを数千年に渡り活用してきた。しかし先住民の中でも、解決が難しい様々な問題に対処してきたのが呪術師で、シャーマンと呼ばれます。シャーマンは特異な精神状態に入って、神霊・精霊と直接的に接触、交渉し、治療、予言、悪魔祓い・口寄せを行う呪術師で、日本で代表的な沖縄の「ゆた」、東北地方の「いたこ」がそれにあたります。ヨーロッパでは、紀元前4000年頃アーリア人が、幻覚を起こすキノコ、ベニテングダケを食べた者は霊の世界へ行けると信じ、ベニテングダケを利用して宗教儀式を行うようになります。これが後に土着の儀礼、世界観と結びき、自然崇拝となります。これをシャーマニズムと呼びます。アマゾンのシャーマンは地域でとれる幻覚を起こす物質を利用してトランス状態に入り霊界との交信を行ったり、病の治療に精霊の助けを借り、神聖な儀式を行います。
この地においてシャーマンの力は絶大で、病気やそれによる死は、他の部族のシャーマンからの呪術によると信じられ、これを避けるには、互いに距離をおくことが最善の方法と考えられています。これにより、自然にテラフィルメ内に人口が分散し、集中が避けられた面もあると考えられます。このように神秘的なため西洋社会ではシャーマニズムは否定され、近代化とともに衰退します。しかし現代でもブラジル、ペルーのアマゾン川周辺には存在し、タベブイア属からつくられるタヒボ茶に近い飲料を利用することもあります。(地域によって呼び名が違います。)
重要なシャーマンの知識
熱帯雨林の資源から作られるいくつかの物質が何らかの役に立ち、すでに色々な分野で利用されています。しかし、ほとんどの物質が持つ力は未知であり、この地で採れる資源から何か新しいものを作ろうとする時には、それらをゼロから研究する必要があります。そこで極めて重要なのがシャーマンの知識です。彼らが持つ使用目的、使用方法の知識は、それらを研究する上で欠かせません。
シャーマニズムというと何か神秘的なものを想像させますが、実際には全てが神秘的なわけでなく、シャーマン達は利用法など土地の天然資源に関する知識を有しおり、それら知識の継承が今後、世界にとって益々重要になると考えられます。しかし、経済発展や近代化は、この辺境の地にも押し寄せており、何千年にも渡って積み上げられたシャーマンの権威や知識を継承する者がいない、といった危機的状態にあります。